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2004.6.13: キャンバスとゴッド

 

白いキャンバスに「初夏」というテーマで絵を書いみるとします。するとパレットの上で黄色や水色、緑や花色の絵の具が互いに組み合い踊り始めるでしょう。今度は別のキャンバスに「人間」というテーマで描いてみることにします。さてこの白いキャンバスは何色に染まると思いますか?

 

人間は、燃える感情の赤、若く元気な緑、冷静な青、憂鬱な灰色、笑いがとまらない黄色、または絶望の黒などで染められていくでしょうか。もし神様が画家なら、今日のあなたを何色に染めるでしょうか?

 

昔むかし、キャンバスという名の男がいました。彼は画家ゴッドが描く自分が嫌いだった。ある時彼は「下手くそ。なんだこの色づかい!」と言ってゴッドから筆を奪い、自分の目に美しいと思える色を体に塗リ始めたのです。キャンバスは重ね塗りをしては「よ〜し、今度は青だ。」と新しい色を次々に体にのせていきました。だんだんキャンバスの体からは本来の美しい色が消え、新しい色も汚く濁っていきました。彼は卑屈な表情で筆を動かし修正しようとします。しかし、終いには自分自身が黒色と化し、彼は自分を鏡に見て絶望しました。キャンバスは「畜生!」と筆をゴッドにぶつけて当たり散らします。そしてタオルを手に取り泣きながら自分の体を吹きましたが、泥と化した絵の具は落ちず、とうとう彼は周囲から蔑まれ、世間からは見放されていきました。

 

暫くして、画家ゴッドは、捨てられたキャンバスを拾い上げ「あぁ可愛そうに。こんな上等なキャンバスを」とささやき、彼の泥を洗い「クリスチャン」という色で染めあげていきました。キャンバスは新しい色の心と体を受けて飛び上がって喜び、ゴッドのお弟子さんになりました。

 

これは私の作り話ですが、聖書の神様と私達人間との関係を良く表していると思います。人間は時に罪で汚れたキャンバスを白くしたいと切願するものです。けれども誰一人自分では白くはなれないのです。ゴッドである神様との出会いがなければ、心が黒く染まり続ける自分と一生向き合っていかなければならないのです。しかし聖書はキリストの紅い血潮を、私達汚れた人間のために紹介しています。キリストの血潮は人間の黒い罪を洗い落してくれます。この紅い血潮は、自分の罪を後悔し、罪の洗いを求める全ての人の上に注がれていきます。

 

美しい色は映え、周囲を喜ばせていくでしょう。あなたの本来持っている色は美しい色です。その色を回復して下さるのは、キリストの紅い血潮です。あなたが本来のあなたの色を回復する時、その色は永遠に失せることはありませんから、その時はあなたのキャンバスを周りに見せてあげて下さい。