2003年4月
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行事報告
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2003年3月2日(日)聖日礼拝では、日本ホーリネス教団熊谷ホーリネス教会で約50年間に亘って牧会・伝道をされてきた、鈴木伸介名誉牧師御夫妻を迎え、鈴木伸介先生から、下記のように信仰の原点に立ったご自分の証しメッセージを戴きました:
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「神は悩んでいる時の、いと近き助け」(詩篇46編1節): 人は、地上では悩みや悲しみがあるが、これは、神が私たちに与える試練であって、「試練に会った場合、それはむしろ非常に喜ばしいことと思い」(ヤコブの手紙
1章2節)、「神は愛する者を訓練する」(ヘブル人への手紙)ということを覚えて感謝しましょう。
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「生い立ちと救いへの道」: 自分は島根県大社で、1925年8月25日に生まれ、13才の中学時代に、母親が亡くなり、継母を受け入れることが出来ず、涙がでると、喘息もちのために咳き込んでしまいました。その後、陸軍士官学校(陸士)航空機学科に入り、その実地訓練もし、1945年の終戦でホッとしました。その後、仕事がなく、たまにあっても、その収入は電車賃よりも低く、父親とも喧嘩をして、1948年8月頃の23才の時、東京に行き、陸士時代の友人が住む小松川の家の2階に同居しました。その頃は、その友達と酒や煙草を楽しみ、あるとき、その友人の飲み仲間であった韓国人の家に連れていかれた時、その3軒長屋の端に住む小堀さんという笑顔のクリスチャンにも会いました。当時の自分は、そのような人には、げん骨でぶん殴るなどで、ひと暴れする機会を狙っているような者でしたが、かえって、小堀さんから次の日曜日に来るように誘われ、受け入れました。小堀さんの家は、小松川ホーリネス教会のために解放していたのです。その日曜日に小堀さんの家に行くと、そこで、小松川ホーリネス教会の小堀さんの他、物井さんや飯寄さんも集っており、「兄弟!お祈りしよう!」と言われ、小さい声で知恵を働かせて祈りました。その後、ある夜の祈祷会にも出席して、物井さんに会い、「今日がクリスチャンになるチャンス」と決心し、物井さんに祈ってもらい、悔い改めたところ、足が軽くなりました。そして、その年の11月21日に、その教会で、米田豊牧師によって、洗礼を授かりました。
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「信仰の原点と成長」: このように、だれでも、罪を悔い改めて、イエス・キリストの下へ行き、イエス・キリストを信じれば、本当の救いを得て、クリスチャンになれます。また、クリスチャンになっても、時々、失敗したりして、悩むことがあるでしょう。でもその失敗は失望に終わることはありません。でも、その悩みを、自分の力で解決しようと頑張ってもできないことであり、また、ただ頭だけでイエス・キリストを知っているとか、理解しているいうだけでは、悩みは解決されません。その都度、悔い改めて、イエス・キリストを心から信じて拠り頼み、助けを求めていけば、赦され、きよめられ、悩みから解放されます。昔からおられ、今も生きておられ、世の終わりまで、私たちと共にいて下さるイエス・キリストに、心から信じ、祈り、聞き従って命を戴きながら、生きた信仰の証し人となっていきましょう。
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同日、引き続き、山口光師は、上記の鈴木伸介師のメッセージを受けて、詩篇46篇1節の「神はいと近き助け」であることを心に留めて、日々歩んでいきましょうと、強調されました。また、来る5月8日ー11日に、サンデイエゴのQUALCOMM
STADIUMで開催される「ビリー・グラハム大会の案内として、"FREIND TO FREIND"というビデオテープを見せながら、その大会に、自分の周りの未信者を誘って連れてくるよう呼びかけ、また、各自が、家族2人、職場・学校の知人2人、友人6人など、合計10人を選び、その人たちが救いに導かれるように、いつも祈っていきましょうと、アッピールされました。また、その礼拝後、女性たちは、鈴木伸介師の奥さん、鈴木初恵伝道師を囲んでの座談会を、30分位持ちました。
- 3月9日(日)聖日礼拝で、山口光牧師は、「エペソ人への手紙1章13-14節」から、「聖霊なる神の証印」と題して、次のようなメッセージをされました:
- 私たちは、天地創造の前から、父なる神に選ばれ(エペソ1: 4)、御子イエス・キリストの贖いによる罪の赦し受けており(エペソ1:
7)、更に、本日の聖書個所に示されるように、聖霊様は、私たちの肉の器の中をきよめて、そこに内住して下さり、安心して天国に行けることを保証するという証印を無償で押して下さり(エペソ1:
13)、また、私たちが天国のマンションに住むことができるように、その頭金も払って保証して下さっています(エペソ1: 14)。
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そのように、私たちが、御国を受け継ぐことを保証して下さる聖霊様は、創造主であり、救い主であり、助け主であられる、父、御子、御霊なる三位一体の神の御霊であり、助け主であり、カウンセラーです。その聖霊様の声を聞くには、どうしたらよいかということを、ラジオから聞く声に喩えれば、
(A)そのラジオを、先ず電源に繋ぐように、信仰告白し、(B)次に、ラジオの周波数を合わせるように、聖書のみことばを読みとっていき、(C)更に、ラジオのアンテナを立てるように、祈りながら、神の御旨を探り、神との具体的なコミュニケーションを進めていくということです。
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その聖霊様から発せられるラジオ番組として、(A)私たちが、神を”アバ父よ”とお呼びし、”主よ”とお呼びできるような方法論の講座が聞こえてきます。(B)また、私たちの内なるものが、病んでいる時に、癒して下さり、慰めて下さり、弁護して下さり、導いて下さる講座も聞こえてきます。(C)そして、真理を示すみことばの声が響きわたり、光を放つような聖霊講座が聞こえ、「イエスは主です」ということばが、私たちの生活の中に残っていきます。
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3月16日(日)聖日礼拝では、鍵和田哲男牧師(サンファナンド平原ホーリネス教会牧師)を迎え、「イザヤ書43章18-21節」から、「新しいこと」と題し、日本語と英語のバイリンガルで、次のようなメッセージを戴きました:
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このイザヤ書を記したイザヤは、紀元前約700年代の人で、当時は政治的にも、道徳的にも、霊的にも悪い時代でしたが、当時、神がイザヤを通して語られたことが、今日の聖書個所に示され、特に、神の働きが、私たちの常識や思いをはるかに超えて、人には不可能と思えるような「新しいこと」をなされるみわざだということが強調されています。従って、昔できなかったし、今もできないから、これからも出来ないと思うような必要はありません。自分が、2年前にイスラエルに行った時に、赤茶けた砂漠の中に、僅かに流れる水のほとりにも命が与えられて、緑の並木が立ち並ぶのが見えました。それも神のなさった、素晴らしいみわざです。
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昔、神に選ばれたイスラエルの民は、神のみわざによって、エジプトでの奴隷生活から解放され、紅海を通れる道が備えられて救われました。しかし、神は、そのような「昔のことにとらわれるな」と、イザヤを通して語られました。それは、当時、バビロンに捕らわれていた苦しい生活から解放されるという「新しいこと」の予表でもあります。また、神のひとり子、イエス・キリストの十字架と復活によって人類の罪が贖われるという「新しいこと」の予表でもあり、更に、イエス・キリストの再臨という、これから起る「新しいこと」の予表でもあります。
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私たちは、全知全能の神が、私たちを愛し、私たちの名を呼んで下さり、私たちが変えられれて、罪赦されるという奇蹟をなして下さり、そして、神は、いつも私たちと共にいて下さり、力を与えて下さり、導いて下さり、たとえ、つらい事があっても、神が必ず良い方に導いて下さり、恵んで下さるということ(ローマ書8章32節)を信じ、喜びと希望をもって、日々歩み続け、キリストに似た姿に変えられていくという神のなさる「新しいみわざ」を覚え、感謝し、神と共に歩んでいきましょう。
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同日、その礼拝後、鍵和田哲男師は、今年のOMS教団夏期修養会主事として、その修養会(来る7月2日[水曜日]ー5日[土曜日])についての案内をされ、その3泊4日の修養会でに、一人でも多くの老若男女が集り、「みことばを聴き、祈り、祈られながら、沢山の素晴らしい恵を戴くように」というお勧めもありました。
- また、同日続いて、鍵和田哲男師を囲む座談会が開かれ、鍵和田師への色々な質問に答えながら、鍵和田師から、次のような話もお聞きすることができました:
私の母はクリスチャンでしたので、私は生まれる前から教会に行っていました。私の父は米国人でしたが、私が東京で生まれて間もなく死亡し、母は、私が5才の時、私の姉が6才の時に、牧師となり、私は、6
才で洗礼を受け、茨城で育ち、その後、中学を卒業するまでは教会にも出席していました。その後、少年自衛隊に入って5年間を過ごし、続く3年間の実地訓練期間は、教会から離れて罪の生活をしていました。しかし、その後、友達に誘われて教会に行って、メセ-ジを聴き、悔い改めに導かれ、牧師への道を歩むようになりました。そして、牧師になって2年目、私の25才のある日、嘗て6才の私に洗礼を授けて下さった宣教師の先生からのお勧めで、「是非、米国の神学校に留学して、勉強するように」と言われました。しかし、当時、自分は、金もなく、英語も出来なかったので、それを断ってきました。それにもかかわらず、その宣教師の先生は、私のために、その入学の手配をして下さり、その年の9月に渡米してその神学校に入学しました。その学年では、日本人の学生は自分だけであり、学生寮の4人部屋に入り、その同室の米国人の助けを得ながら、授業の内容を理解したり、復習したりし、また、CD音楽を聴きながら、英語の発音練習もしたりして、ようやく英語での祈りをしたり、英語でのメセ-ジ・テストにも合格して、4年半の英語での神学の学びを終了できました。それは、まさに、神の助けがあったからでしょう。また、不思議なことにに、その後は、米国で、サンファナンド平原ホーリネス教会の牧師となり、日語部での奉仕をしていますが、英語でのメッセージもしたり、今日の礼拝でのメッセージのように、日英バイリンガルでのメッセージもしています。
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3月23日(日)聖日礼拝では、山口光牧師が、「エペソ人への手紙1章15節―23節」から、「教会のカラダとカシラ」と題して、次のようなメッセージをされました:
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先ず、米国兵士として中東に派遣されている、レオさん、トムさん、ロバートさん、マニさん、チャールスさんという5人(当教会員のご主人)が、神に守られ、神にある平安を戴き、神による勝利へと導かれ、世界が平和となり、世界の人々の魂が救いに導かれていくようにと祈りましょう。また、その
5名の兵士さん宛ての励ましのカードにも、皆が、それぞれの祈りの一節を記しましょう。戦争の前線で戦う米国兵士たちも、神を賛美し、礼拝していますが、イラクにも100万人のクリスチャンがおり、神を賛美し、礼拝しています。私たちも、地球規模での救いがあること期待し、祈っていきましょう。
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本日の聖書個所の著者であるパウロは、その前に記されている3節ー14節をまとめながら、エペソの教会という信仰共同体が、父、御子、御霊なる三位一体の神にある信仰と愛にあることを聞いて感謝していることを告げています。続いて、パウロは、エペソの教会が、神によって建て上げられ、育まれていくようにという、とりなしの祈りも捧げられています。そのように神によって建て上げられ、育まれていく教会とは、「キリストのカラダ」(23節)であり、「キリストがカシラ」(21節)であることが強調されています。
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その「キリストのカラダ」である教会とは、人の心も体にもいろいろな部分があり、それぞれの機能を持ちながらも、丁度オルガンのような調和のとれた働きをしているような教会であって、それぞれの教会員が持っている、それぞれの賜物(Iコリント人への第1の手紙12章)が活かされながら、秩序をもって神へ奉仕がなされていくことを示しています。また、人体の各器官には血が流れており、その血とは、自分の命であると共にイエス・キリストの血です(ガラテヤ書2章20節)。その血によって、私たちの体は暖められるという大切なものです。
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次に、「キリストがカシラ」である教会とは、今の世には教会がいろいろありますが、その各教会にあっては、イエス・キリストが、すべての上にある権威者であり、大牧者であるという教会のことです。また、イエス・キリストの再臨後における天上の教会は、一つであり、その教会のカシラも、イエス・キリストであり、その天上での礼拝は、すべての信徒、クリスチャンが一つに集って、イエス・キリストを賛美し、礼拝するというものすごく大きな教会です。
- 今、私たちは、「天において神の計画がなされるように、この地上においても、神の計画がなされていき、御名があがめらるように」と祈りましょう。
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3月30日(日)聖日礼拝では、山口光牧師が、「エペソ人への手紙2章1節―5節」から、「教会を構成するもの」と題して、次のようなメッセージをされました:
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昨日のインターネット・ニュースによれば、ヨルダンのアンマンでは、イラクから亡命したクリスチャン約300人が礼拝を捧げていると報道されています。また、イラク国民の5%はクリスチャンであり、ヨルダンには、約3,000人のイラク・クリスチャンが亡命しているということですが、そのある亡命イラク人クリスチャンは、祖国イラクで迫害を受けて亡命したが、戦争が終われば、また、母なる大地、イラクに戻りたいということも報道されました。先週の礼拝で話したように、教会はキリストのカラダであり(エペソ人への手紙1章23節)、イエス・キリストの存在が満ちている所であることを実感しましょう。そして教会の場所はそれぞれ異なっても、地上のすべての教会(可視的教会)は、キリストにある一つの信仰共同体であることを覚え、まだ救われていない人々の救いのために祈りましょう。
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同時に、天上においては、不可視的教会で、万の幾万倍もの御使いたち(黙示録5章11節)と召天した信者たちによる礼拝が、地上にある教派や言語の壁を超えて、イエス・キリストに捧げられています。イエス様がベツレヘムで御降誕された時、地上では、その土地の羊飼いたちだけに知らされましたが、天上においては、天の軍勢が、「ホサナ、ホサナ、たからかに。」と賛美し、イエス様を礼拝していました(ルカの福音書1章13節)。
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本日の聖書個所には、教会を構成する素材は何かということが記されています。先ず、神は、次の三つの視点から、「教会の素材」を選ばれたました: それは、(A)嘗ては、空中をさまよう悪魔に惑わされ、世の価値観や調子に合わせて、罪過(他人でも自分でもわかる、体で侵す罪[ギリシャ語の”パラバシス”、parabasis])と罪[神が喜ばれない、的外れな、本質的な原罪、ギリシャ語の”ハマルテイア”、hamartia]との中に死んでいたエペソ教会の者たち(エペソ2: 1)、(B)嘗ては、自分の肉の欲の中に生きていたパウロたちのような者[本能の肉欲; 例えば、本能のままに、ダビテが、バテシバと関係を持ち、預言者によって示されて、はじめて悔い改めたような肉欲](エペソ2:
3a)、(C)嘗ては、生まれながらの御怒りを受けるべき子らであったパウロたちのような者[本能のままに生き、反省なく、神と反対方向を歩み、神からの怒りを受ける者たち](エペソ2:
3b)という三つの素材でした。そのような教会の素材は、創造主であり、救い主である神の目にかなった者として見出され、呼び出され、あわれみと愛を受け、新しく造り変えられ、恵によって救われたのです(エペソ2:
4-5)。このように、パウロは、イエス・キリストを信じる信仰によって救われたのは、ただ、神の恵であることを、エペソ教会の人々に伝えていきましたが、更にまた、そのパウロ手紙は、近隣の教会にも伝えられていきました。
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私たちも、私たちの信仰が、まだイエス・キリストを信じていないというような素材の人々にも、影響を与えていき、神の愛と恵によって、新しい魂が与えられていき、そのように新生された信者によって、また新しい信者が生まれていくようにと祈りましょう。
行事予定
- 4月12(土)ラメージセール。
- 4月18日(金)午前10時から、グットフライデー集会(牧師宅)。
- 4月20日(日)午後1時から、イースター礼拝(教会堂)。
- 4月27日(日)午後1時から英語礼拝(マックラ・マーク先生による英語メッセージ)。
- 4月27日(日)午後6時: ビリー・グラハム決起大会(クアルコム・スタジオ)。
祈祷課題と報告
- 旧ランチョ ラコスタ キリスト教会とビスタ日系キリスト教会から離れている方々のために、お祈り下さい。
- 山口光牧師の按手礼が、教会全体の祝福となるように。
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5月8-10日、サンデイエゴでビリー・グラハム大会があります。今回初めて、この地域の5つの日系教会が集り、日本人伝道のために協力し合います。主がサンデイエゴ北部で当教会を大いに祝福し、用いて下さいますように。
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(ご主人が中東に行っている)グレイブス美知代姉、ライチャード・ハイデイ姉、カルバン美佐代姉、ノーマン真江姉、スペンサー美佐緒姉(救道中)と、そのご主人たちのために。
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最近、子供たちが8-10名程、教会に来ています。ハイデイ姉が、彼等のお世話をして下さっていますが、サンデースクールの働きと、これらの子供たちのために、お祈り下さい。
光岡恭平通信員