2003年2月
先月分を見る 次月分を見る
行事報告
-
2003年1月1日(水)の元旦礼拝は、光岡宅で26名が集ってなされ、そこで、山口光牧師は、「マルコの福音書5章1-20節」と「第2コリント5章15-20節」から、「和解の使者となろう」というタイトルで、サブ・タイトルとして、(A)「神と和解しよう」、(B)「イエス様を心から知ろう」、(C)「和解の使者となろう」という3つの視点から下記のようにメッセージされ、その最後のサブ・タイトル(C)「和解の使者となろう」(第2コリント5章18節)が、今年の教会標語となることが確認されました。その礼拝後、続いてお雑煮会で交わりの時を持ち、新年をお祝いしました:
-
(A)「神と和解しよう」: イエス様は、12人の弟子たちを連れてカリラヤ湖で舟に乗り、大暴風を静めて、向こう岸、ゲラサ人の地に着きました。そこで、心身共に汚れた霊(レギオン)にとりつかれて墓場に住む男が、イエス様一行のきよさに出会い、イエス様からのきよめの霊を戴き、イエス様一行による、神へのとりなしのみわざがなされ、その男は悪霊から解放され、神と和解するように導かれました。(マタイによる福音書5章15節)
-
(B)「イエス様を心から知ろう」: そのように神との和解ができたゲラサ人の男は、イエス様にお供をしたいと願いましたが、イエス様は、「あなたの家族のところに帰って、主のなさったことを知らせなさい」と言われました。このイエス様の命令は、イエス様を頭だけで理解するとか、人間的な標準で知るというのではなく、イエス様を心で知り、家族のところに帰り、イエス様に献身し、和解のメッセージを宣べ伝えるという、「イエス様による派遣の召し」(マタイによる福音書5章19節)(第2コリント5章15-16節)を示すものです。
-
(C)「和解の使者となろう」: そのゲラサ人の男は、自分の家に帰って、デカポリス地方で、イエス様のみわざを言い広め、和解のメッセンジャー(使者)となって、人々を驚かせました。(マルコによる福音書5章20節)(第2コリント5章18節)
-
日本では、昨年2002年を振り返って、それは、「帰」という年であったと報道されています。それは、北朝鮮に4半世紀前に拉致されて行った日本人の一部がが帰国できたことを、その家族や国民が喜んだ年であったことを覚えるものでした。また、北朝鮮に拉致されたままで日本に帰っていない横田めぐみさんの両親は、悲しみの中で、信仰の原点(キリスト)に帰って救われました。
-
私たちの教会も、昨年、(A)「和解のメセ-ジ」を戴きましたので、今年は、そのメセ-ジをもって、信仰の原点に立ちながら、教会において(B)「イエス様を心で知り」、イエス様に献身し、このサンデイエゴ・ノースカウンテイという新しい地を中心として、この世に派遣されていく(C)「和解の使者となり」(第2コリント5章18節)、未信者の人々や、教会から離れている人々にも福音を言い広めて行くという一年を、皆で持とうではありませんか。
- 1月5日(日)聖日礼拝のキッズタイムで、山口喜恵夫人は、英語と日本語で、次のように話されました:
- 約2ヶ月前のキッズタイムで話したことの復習として、PRAY(祈り)のPは"Praise
God"(神を賛美する)ことであり、次のRは"Report your sin"(あなたの罪を悔い改める)ことであり、次のAは"Ask for your
needs"(あなたの必要をお願いする)ことであり、最後のYは"Yield to God"(神にお任せする)ということであることを再確認しました。
- 次に、神はどんなお方でしょうかと問い掛けて、「詩篇106篇1節」を参照しながら、"God is good to
us"であることを引き出し、また、「詩篇18篇1-3節」と「Christ in me」という歌の歌詞を参照しながら、"God is kind to
us"であることを引き出し、神にお祈りしました。
-
続いて、同日の礼拝で、山口光牧師は、「出エジプト記12章1-28節」から、「お正月の過ごし方」と題して、次のようなメッセージをされました: 日本では、年末年始は、気持ちを新たに切りかえて、お祝いします。イスラエルでは、ユダヤ暦(太陰暦)の第1の月(古名で”アビブ”、ヘフル名で”ニサン”; 太陽暦では3-4月)をどのように迎えるかというと、それは、(A)「暦を変える」、(B)「聖餐にあずかる」、(C)「仕事から離れ、神の家に入る」、ということであることが、次のように、本日の聖書個所に記されており、私たちのお正月の過ごし方についても示唆されます:
-
(A)「暦を変える」: エジプトで400年の奴隷生活を送ったイスラエルの民が、神によってエジプトから連れ出される前に、神がモーセに告げられたことを守り、主の霊によって第10番目の決定的災害となる初子の死が、イスラエルの民の初子を通り過ぎていくように、「過越しの祭り」(出エジプト記12章6-8節)と「種入れぬパンの祭り」(主エジプト記12章18節)が最初に始められる年をもって、今までの「エジプト暦」を変え、「ユダヤ暦」としました(主エジプト記12章2節)。私たちも、新しい2003年を迎え、神と直面し、隣人と向き合って、「和解の使者となろう」(第2コリント5章18節)という新しい教会年間標語を掲げた「新しい暦」に変えて進んでいきましょう。
-
(B)「聖餐に与る」: イエス様は、十字架に架かられた週は、過越しの祭りの週であり、その前日の夜、霊の戦いが強かった時、12弟子たちと共にされた最後の晩餐で、種なしパンと杯だけの過越しの食事をされました(マルコによる福音書14章22-25節)。「年の始めに聖餐に与る」-神さまは、こういう恵を、この共同体にも与えて下さるでしょう。
-
(C)「仕事から離れ、神の家に入る」: ユダヤ暦の第1の月の第1日と第7日には聖会を開き、その期間中は神の家に入り、仕事から離れなければならない(出エジプト記12章16節)というように示されています。その後、ソロモンが建てたエルサレムの神殿は、バビロンによって破壊され、イスラエルの民はバビロンに捕囚されました。しかし、ペルシャがバビロンを滅ぼした後、イエスラエルの民は解放されてイスラエルに戻り、ネヘミヤによって、エルサレムに神の家が再建されるために、まず彼がしなければならなかったことは、献酌官としての仕事から離れることでした。日本では、現在、お正月3日間は、仕事から離れて家と共に過ごし、種なしパンに相当するおもちや、おせち料理を食べて過ごします。私たちは、イエス様の血潮で覆われた教会にあって、救われたクリスチャンとして、毎週の聖日礼拝で、神を礼拝し、1年で合計52回の聖日礼拝として約104時間(7日間の日中合計時間)は、神の家で主に礼拝を捧げましょう。
- 1月12日(日)聖日礼拝で、山口光牧師は、「第2コリント3章1-3節」から、「神様が推薦する者」という題で、次のようなメッセージがありました:
-
本日の聖書個所で、パウロは、コリントの教会の人達に、「あなたの存在そのものが、イエス・キリストを推薦しているんですよ」と伝え、また、「パウロの事とか、私たちの事を推薦する必要はないよ!むしろあなた方の内に宿るお方、主、イエス・キリストを自慢しなさいよ」と勧めています。
-
では、そのように、私たちの存在そのものが、主、イエス・キリストを推薦するようになるためには、どのようにしたらよいのでしょうか。それは、(A)先ず第一に、私たちが、罪を告白して悔い改め、私たちの心が、主、イエス・キリストによってきよめられ、白く汚れのない心に変えられるということです。次に、(B)その白く汚れのない心に、墨ではなく、イエス・キリストの十字架による血潮による赤い色で、イエス・キリストを推薦するという推薦状を記していくことです。そして、(C)私たちは、全存在をかけて、自分の救い主を推薦し続けていき、世の光となって、神様の栄光が放たれていくようにすることです。
-
昨日、1月11日(土)には、南加OMS諸教会による新年聖会が、「キリストの花嫁としての教会」(エペソ人への手紙5章26-27節)を主題聖句として、オレンジ郡キリスト教会で開催されました。この者(山口光牧師)は、午前のメセ-ジを担当し、「花嫁は舟でいく」という副題で、「マルコの福音書4章35-41節」を中心聖句として、「舟に乗ろう!」、「船員になろう!」、「向こう岸に渡ろう!」という3つの掛け声に焦点をおいて話しました。また、会衆一同と共に、その3つの掛け声を上げて、その真髄を確認し合いました。
-
続いて、その新年聖会で、光岡節子姉からは、ノースカウンテイ・クリスチャン教会(NC教会)のメンバーを代表して、このサンデイエゴ・ノースカウンテイの地に、過去十数年に亘って顕わされた、神の御計画の素晴らしさについての証しがありました。その証しで、(A)それぞれの時代や、それぞれの場所に応じて、神のみことばと、御業がなされていき、(B)一つの教会が、二つの教会になり、またその二つの教会が、
NC教会という新しい教会名で一つになったという歴史を振り返りながら、(C)主の愛とあわれみと恵みに感謝し、また、当教会のために祈り、支えてきて下さった各教会に感謝し、(D)更に素晴らしいビジョンと夢のある将来に希望を持ち続けいくという願いが捧げられました。
-
これから、NC教会として、私たちは、このNCの地域の福音化のために、「和解の使者となって」多くの人々に、自分の全存在をもって主、イエス・キリストを推薦するという推薦状をもって、主を証ししていきましょう。
-
1月19日(日)聖日礼拝では、サンデイエゴ・日本人教会の仲村ブライアン師が、「ヨハネ第一の手紙3章1節、11節―24節」を中心聖句として、英語でメッセージをされ、それを、山口光牧師が、日本語に要約されました。その概要を次に記します:
- 神は、イエス・キリストを通して、私たちに愛を与えて下さり、神の子として下さり、互いに思いやり、愛し合うようにと命じておられます。
-
しかし、人類最初の長子であったカインは、弟のアベルが好きで愛したこともあったでしょうが、カインの内側の罪により、悪魔が入り、愛が殺され、神への信仰も殺されて、アベルを妬み、羨み、怒り、遂には殺すという行為に走って行ってしまいました。私たちの心の内側にも、悪魔の力が働き、愛が殺され、信仰が殺されたという経験が、少なくとも1回はあるでしょう。
-
このような悪魔の働きから解放されるにはどうしたらよいでしょうか。その解放のためには、罪も汚れもないイエス・キリストが、十字架上で死んで、私たちの罪の贖って、その罪が赦され、神と和解させて下さったことを信じ、罪を悔い改めて、先ず、そのような神の犠牲的な、無限の愛は、何よりも大きく、勝利があると信じるということです。
- そして、神と人とをとりなして下さる聖霊様の助けを戴きながら、イエス・キリストの真理のみことばに、聞き従い、愛の行動に移っていくということです。
- 私たちも、愛を殺し、信仰を殺すという悪魔の働きに出会ったら、悔い改めて、神からの愛の力を戴き、神に立ち帰って、互いに愛し合っていきましょう
-
1月26日(日)聖日礼拝には、OMS巡回伝道師、中野雄一郎師が来て下さり、特別伝道礼拝が持たれました。そこで、中野師は、「ヨハネの福音書2章1-11節」から、「人生は結婚式だ」と題して、次のようなメッセージをされ、その後、中野先生を囲んでの質疑応答の時間をもち、また、夕食を共にしながら主にある交わりの時をもちました:
-
本日の聖書個所には、イエス様が神のしもべとして独立し、公的生涯に入られて3日目に、「水をワインに変えた」という「最初のしるし」が記されています。イエス様の母は、結婚式で客をもてなすワインが無くなった時、イエス様にそのことを告げ、手伝いの人たちに、イエス様の言われることを何でもするようにと願いました。そのように、マリアが、信仰をもって、イエス様の愛、神の愛を戴いた時、イエス様によって、80リットルないし120リットルの水がワインに変えられました。
- 結婚式は、キリスト教を象徴しており、クリスチャンの人生は、結婚式のような喜びと感謝と希望と期待をもった人生です。
-
ある調査によれば、「結婚に満足しているか」という質問に、「満足している」と答えた人は100組中5組しかおらず、また、クリスチャンでもその比率は50%だということです。更に、「結婚生活で大切なことは何か」という質問には、全員が、「それは思いやりです」と答えています。しかし、実際は、思いやるとかえって夫婦喧嘩なったりする例もあり、極端な場合には自殺、離婚となった例もあります。
-
このように、夫婦間、男女間に意見の違いがあって、水くさい間柄であっても、それはそれでよいのです。でも、(A)そのありのままの姿を、イエス様の所に持っていき、その悩みを告白すれは、(B)神は、絶対的な愛で私たちを愛して下さっているので(「申命記7章」、「ヤコブの手紙4章5節」)、(C)神に信頼し、信じ、聞き従って行き、たとえ、自分が相手を20%位しか愛せないと思っても、信仰をもち、夢をもって、相手に愛のパフォーマンスを示していくならば、(D)神が、その不足の80%を満たして下さり、熱々の夫婦愛が生まれ、イエス様によって、「水がワインに変えられた」ように、バラ色の人生となり、黄金色に輝く夕日の残光のような、輝く人生となります。
行事予定
- 毎週火曜日午前8時: お祈り会(牧師宅)
- 毎週木曜日午前10時: 木曜集会(教会)
- 毎週金曜日午後7時: 家庭集会(デイ・美智子姉宅)
- 2月16日(日)午後1時から、元祖便利屋、右近勝吉さんを迎えての特別礼拝(教会: Oak Hills Church)
祈祷課題と報告
- 2003年の新しい教会の歩みが祝されるようにお祈り下さい。
- 旧ランチョ ラコスタ キリスト教会とビスタ日系キリスト教会から離れている方々のために、お祈り下さい。
- 山口光牧師の按手の手続きのために、お祈り下さい。
光岡恭平通信員